9月
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「無私になるとは自然にまかすことだ。自然にまかすというより、自分より大きなものが常にあるということだ。自分をなくすということは、その大きな魂に従うことだ。」
(高見澤 潤子著『生きることは愛すること:兄 小林秀雄の実践哲学』より)
前回、小林秀雄氏の美学について記したが今回はその続き・・・
小林氏は自分の好きな絵画を見るときに無私になるという。すなわち、魂の叫ぶままに絵を味わうということだ。
まさに、この状態こそ表現アートセラピーの哲学に通じるところである。
「重要なことは立場を捨てることだ。捨て切った時に、はじめて、本当のものがつかめる、というよりは、本当のものにとらえられる」
「重要な事は、立場を捨てる事だ。捨てきれた時、はじめて理想が人を捕らえるだろう。そして確かに理想に捕らえられるものは人間ならば、人間を超えた理想は、確認の独創になって現れる筈ではないか。」
このことはそれぞれの魂がその本来の意志に従い自己実現をした時、その魂自体が喜ぶ役割を全うしたこととなり、それは唯一無二の創造物になる、ということではないだろうか。
私の魂もようやく、また違う段階へと進むにあたり、立場を捨て一人の人間に立ち返りつつある。
その時に自分だけの創造物を作れるとよいなぁ・・と思っている。



